大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宇都宮地方裁判所 昭和33年(レ)60号 判決 1959年2月18日

控訴人 井上達雄

被控訴人 有限会社墨田金融商事」

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は次のとおりである。

被控訴人は請求の原因として、「訴外ムサシ電機株式会社は控訴人に対し昭和二九年五月一六日金一九万五〇〇〇円を、利息は日歩二銭五厘、弁済方法は同年五月末日までに金四万五〇〇〇円、同年六月以降一〇月までは毎月末日までに金三万円づつの支払いをうけること、弁済期後は日歩五銭の割合の損害金の支払いをうけることとの約定にて貸付けたが、同年九月一日同会社は右貸金債権を訴外山田利美に譲渡した。同人はその後控訴人から金九万五〇〇〇円の弁済をうけたうえ、更に残債権金一〇万円を昭和三二年一〇月二六日被控訴人に譲渡すると共に、同年一一月一日控訴人宛右譲渡の事実の通知を発し、これは翌二日控訴人に到達した。かくして被控訴人はこれが債権者となつたものであるが、その後控訴人は被控訴人に対し右元金残額のうち金二〇〇〇円及び遅延損害金のうち昭和三一年一月三一日までの分を支払つたのみで、残額の支払いをしないよつて元金残損金九万八〇〇〇円及びこれに対する昭和三一年二月一日から完済に至るまで日歩五銭の割合による約定遅延損害金の支払いを求めるため本訴請求に及んだ。」とのべ

控訴人は答弁として、「被控訴人主張の請求原因事実はすべてこれを認める。しかしながら控訴人には、以下にのべるとおり、被控訴人の請求に応じられない理由がある。すなわち、控訴人はもと原審被告黒須福雄に対して商品を売掛け、その代金支払いのために同人から約束手形三通の振出をうけ、その手形を控訴人の商品仕入先であるムサシ電機株式会社に裏書譲渡したところ、いずれも満期にその支払いが拒絶されたので、控訴人は右会社からの請求により、右三通の約束手形金を含めて、金一九万五〇〇〇円の支払いを約束する公正証書を作成した。これが被控訴人の主張する、右会社の控訴人に対する金一九万五〇〇〇円の貸金債権であるが、右公正証書作成の際右会社は控訴人に対して、前記約束手形三通を返還することを約束し、そのうち二通はすでに返還したが、残る一通である額面金五万七〇〇〇円の約束手形は未だにこれを返還しない。よつて控訴人は本訴請求に応じることができない。」とのべた。

理由

被控訴人主張の請求原因事実については、すべて両当事者間に争いがない。

そこで控訴人の主張の当否について考えてみるに、その主張するところによれば、控訴人が訴外ムサシ電機株式会社に裏書譲渡しておいた原審被告黒須福雄振出にかゝる三通の約束手形がいずれも不渡りとなつたので、同会社のもとめにより、昭和二九年五月一六日右三通の約束手形を含めて金一九万五〇〇〇円の支払いを約束する公正証書を作成し、これが被控訴人の主張する同会社と控訴人間の本件貸金債権である、というのであるが、その趣旨は要するに、これら三通の約束手形金債権を含めて同日被控訴人主張の如き内容の準消費貸借契約が成立したことを主張しているものと考えられる。

そこで次に、右の主張事実が認められるものと仮定して、控訴人の主張が被控訴人の本訴請求を排斥するに足りるものであるか否かを検討してみよう。

およそ、かゝる準消費貸借契約が成立した場合には、同会社の控訴人に対する各手形上の債権はいずれも更改によつて消滅するのであるから、控訴人は同会社が右各手形を他に譲渡し、そのために二重払いをさせられる危険を防ぐためにも、また控訴人が前記黒須福雄に対して有する手形上の権利を行使するためにも、右三通の約束手形の返還を求めうることは、これに関し特約をなすと否とにかゝわらず、当然のことである。そしてこれが返還を求める方法としては、(一)これを準消費貸借契約成立の条件とすることにより、契約成立と同時に返還を受ける方法、及び(二)先ず準消費貸借契約を無条件に成立せしめたうえ、後日これが返還を受ける方法、との二がある。そして(二)の場合においては、(イ)原則として、旧手形の返還に関する権利義務は、準消費貸借契約の内容をなすものではなく、これが契約成立によつて手形上の権利義務が消滅した結果当然に生ずる別個の権利義務である。従つて、これと準消費貸借契約上の債務の履行とは対価関係などの関連がないことは勿論であり、従つて、両者は同時履行の関係がなく、まして、先ず旧手形を返還しなければ準消費貸借契約上の債務の支払いをしなくともよいというような関係には立たないものというべきであるから、仮令旧手形が未返還であつてもその準消費貸借契約において定めた履行期が到来した以上これが債務の支払いをしなければならないことはいうまでもない。(ロ)尤もこの場合、準消費貸借契約の一内容として、その債務の履行は旧手形の返還後、もしくは返還と引換えに行われるべき旨の特約をすることは契約自由の原則にてらしても毫も差支えなく、そのような特約をした場合には、債務の履行に先立ち、もしくはこれと引換えに旧手形の返還がなさるべきことはいうまでもない。

そこで更に、本件においては控訴人が右のいずれの場合にあたることを主張しているかについて検討するに、その主張の文言自体にてらしても、また控訴人が被控訴人主張の請求原因事実に対する答弁の際、既に一部弁済をなした事実を自認している点に鑑みても、とうてい旧手形の返還を準消費貸借契約成立の条件としたことを主張しているものとは解し難く、また旧手形の返還がない限り支払いを拒みうる旨の特約はもとより、支払いと引換えに旧手形の返還を求めうる旨の特約もこれを主張していない(この点についても前述の一部弁済の事実を自認していることに鑑み、むしろかゝる特約がなかつたことを肯定しているものと解せられる。)のであつて、控訴人はたゞ単に、旧手形の返還を受けうる約束があつたと主張するにすぎない。してみれば控訴人は結局何らの特約もない場合、すなわち(二)の(イ)の場合にあたることを主張しているものと解するほかなく、従つて右返還をうけうる旨の約束というのは、単に準消費貸借契約の成立により手形債務が消滅したことによる当然のことがらを定めたにすぎないものというべきである。そうすると控訴人は前述の如き理由により、旧手形の返還がなくとも支払いを拒みえないものといわなければならない。

しからば、控訴人は被控訴人に対して本件債務元金残額金九万八〇〇〇円及びこれに対する昭和三一年二月一日から完済に至るまで日歩五銭の割合による約定遅延損害金を支払うべき義務があるからその義務の履行を求める被控訴人の本訴請求は正当であつて、これを認容した原判決は相当であり、控訴人の控訴は理由がないのでこれを棄却することゝし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石沢三千雄 吉江清景 奥村誠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例